雪も解け、いよいよお米作りが始まります。まずは苗つくりです。「苗、半作」(なえ、はんさく)という言葉があります。 苗の良し悪しでその年のお米の出来が半分は決まってしまうという意味です。 元気な苗を育てることが最初の大切な仕事です。 併せて大地を耕す田起こし、命の水を引く用水路の整備など、若葉の芽吹きとともにあわただしくも嬉しい春の作業が始まります。
15センチほどに育った苗は、田植え機により田んぼに移植されていきます。 移植された苗は日ごとに広く根を張り、葉を広げ大きく成長していきます。 水が張られ田植えを待つ田んぼは鏡のように綺麗に青空を映します。 田植えが始まると一枚づつ水色のキャンパスが薄い緑色に染められていくようでありとても美しい光景です。
八重原台地は大きい河川より高台にあり、田んぼに使用する水は蓼科山の湧き水だけです。 そのため水が不足しがちで、水の管理は非常に大切な仕事です。 稲たちは暑い日差しの中でも元気に育っています。 この頃の稲は力強い濃緑色となり今にお踊りだしそうです。
稲が黄金色に染まり、稲穂が頭を垂れるといよいよ収穫です。 やはり収穫は喜びであり、みな自然と笑顔になります。 新米の香り、口に含んだ時のあまみは何とも言えず、今年もお米が作れたことを自然に感謝するとともに、 数カ月にわたる作業を振り返りほっとした気持ちになります。
八重原台地を見渡せば木々の幅落ち、周囲の景色もすっかり冬らしくなりました。 稲刈りを終えた直後から、さっそく「来年のコメ作り」。 特に、農薬の使用量を最小限に抑える「土作り」に力を入れます。 また、各地で行われる収穫祭や商談会に積極的に参加、販促活動を行います。
大学卒業後、東京の食品商社で営業を担当。 生まれ育った環境の素晴らしさと、両親がつくっていたお 米の品質の高さに気づく。 2004年、実家に戻り農業を始める。 2007年に八重原米研究会を設立、地域内での技術や情報 の交換を始める。また、 2008年には長野県で初のJGAP認証(穀物)を取得、 2009年には独自ブランド「謙太郎米」を設立するなど、 品質にこだわったお米の生産と販売を突き詰める。 その一方で、酒米生産、大豆栽培を開始するなどを開始、 アジアへの輸出も積極的に行う。 2013年には、地域の7軒のコメ農家とともに、国産米の 輸出会社「風土Link㈱」を設立。現在取締役を務める。 2014年、「太陽と大地㈱」として法人化し、現職。
高校卒業後、岐阜医療技術短期大学に入学。放射線医療技術を学んだ後、上田情報ビジネス専門学校で情報経理を学ぶ。 その後、長野県上田市役所にて長期に渡り経理業務を行う。 この間、妻の実家でもある兼業農家にて、コメ生産に係る工程を経験。 農産物が人に与える可能性や、生産者としてのやりがい、農業の社会貢献の可能性を発見する。 2014年、当社代表と出会い、農業の発展に貢献し、多くのお客様を笑顔にするため就農することを決める。 2015年2月、同社に参画。 生産に加えて、前職で培った能力を活かし、太陽と大地の財務面を支える。
長年に渡って農業機械を専門とした幅広い業務を行ってきており、 代表柳澤の機械購入・整備のサポートも行っていた。 2015年の創業時に参画、現在、同社の機械関連の業務全般を担う。
・ 私達の志・理念に共感できる人。 ・ これから成長し、拡大していく太陽と大地と一緒に成長していきたいと考えていただける人。 ・ 「いずれは責任者、経営幹部になっていきたい」という思いを持った方
勤務地 | 長野県東御市 |
給料 | 【新卒(大卒)】180,000円 【新卒(短大・農大・専門卒)】165,000円 【新卒(高卒)】15,000円 【中途】年俸2,600,000円〜(※賞与含まず) |
賞与 | 年2回 |
昇給・給与 | あり |
福利厚生 | 雇用保険、労災保険 |
農業に魅力を感じる若い人たちを増やしたい。 いきなり農業界という、初めての人には少し遠い業界に、 いきなりアルバイトで来るのは壁があると思います。 まずは、体験、農業ということで来て、農業界の魅力を感じて頂ければと思います。 自然の中で大自然の中で働く開放感、自然を感じるおもしろさ、それを感じる機会を作っています。 若い人たちに社会経験をして欲しい。 大学や高校で学ぶことは大事なことだけれど、社会で使う力のうちの一つだと思います。 経営者や農場責任者と関わること、社会人とコミュニケーションを取ることを体験できる機会です。
・お米の生産 ・麦ソバ大豆の生産 ・精米 ・個人宅配農産物の出荷、配達等